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「計画停電」に隠された「計画」

以前、ここで「大規模停電を回避する為なら計画停電は間違っていない」と書きました。
間違ってはいなかったと思います。国民の節電意識を高め、電力という「文明の血液」を真剣に捉えるようになったからです。
ですが、問題がなかったとは思っていません。寧ろ、問題だらけと言って良いでしょう。

例えば、菅首相のお膝元たる武蔵野市は停電を免れてた裏には、元秘書だった地元議員の圧力があり、それを「政治力」だと恥知らずにも喧伝した一件がありました。(朝日新聞2011/3/24)
埼玉では停電で検査も手術も行えずに困った病院がその旨を申し出た所、あっさりと停電から外してもらえたとの事。ですが、院長は「悪しき陳情政治のようでいただけない」とこぼしたとか。

つまり穿った見方をしてしまえば…
途中から都心は計画停電からほぼ外れた、にも関わらず大規模停電は回避した。
病院など重要施設ばかりか有力議員の出身地区は申し出れば送電してくれた。
という事は、電力の遣り繰りは充分可能だったのでは?…という仮説が成り立ってしまいます。(^^;

さて、ここに来て「計画停電は『電力不足で困るでしょう?だから原発を』と国民に思わせようとする東電の陰謀」だという話しを耳にしました。
案の定、東電は社長自ら「夏場の電力不足」を理由に「耐震強化したから刈羽原発を再稼動させたい」と言い出す始末。
長野県北部で余震が続く中、隣の新潟県の原発を再稼動させようとは「どうぞ事故って下さい」と言っているようなものであり、まさに愚の骨頂です。
当然、地元・新潟県知事と柏崎市長が「理解できない」と共に反発。(読売新聞2011/4/14)
刈羽原発の所長までが「会社の希望として言ったこと」と述べ、事実上、社長発言を否定して謝罪しました。(産経新聞2011/4/14)
その新潟で「実際にどの程度の節電が可能か?」、家庭や企業に呼びかけて社会実験が行われた事はよくやったと拍手したいです。(毎日新聞2011/4/14)
この時季に電力需要がピークとなる夕方に、店舗の照明を落としたり、工場の一部ラインを止めたりした結果、
目標15%だったのが実際には17%の節電が可能だったと発表。
さらに詳しくデータを解析して詳細を公表するそうです。
現在、東電は休止中だった火力発電所を操業可能にしべく復旧作業中です。つまり、国内の火力発電所はフル稼働していなかったのです。
実は原発も同様で、全機フル稼働している訳ではないそうです。実際、事故を起こした福島第一原発も五号機と六号機は定期点検中で停止していました。
さらに、2003年は定期点検が重なった原発が全国で全停止していたにもかかわらず、冷夏と民間からの電力購入で乗り切れたという事実もあったというのです。(週刊ダイヤモンド2011/4/16)

実際に、公式情報から計算されている方がいました。 → 計画停電・東京電力総発電量(ブログ内) / 油食林間さん

こちらも参考に。
岩波が科学雑誌に掲載した過去の論文をPDF公開してくれています。 → 原発関連論文無料公開 / 岩波書店

もし百歩譲って、本当に電力が足りなかったとしても、節電しながら生活すれば然程原発は必要ないと思います。
寧ろ、今までが電力を無自覚に使いすぎていたのだと反省しているくらいです。
この程の計画停電で(少なくとも家庭では)不便ながらも「原発無しの社会は可能である」と証明されたとは言えないでしょうか。
何かを得る為、何かを為すためにはリスクが付き物。リスクを承知してでも選択すべきか否か?
かつて、師にこう教わった事を思い出しました。「人命に関わるリスクなら、選択しない」。
なぜなら、人命は一度リスクにさらされれば取り返しが付かない。もう一度立ち上がる事も、やり直す事も出来なくなるからです。
「たとえ計画停電になったとしても原発は危険だからもういらない」といった声をツイッターやブログなど、そこかしこで目にします。

環境問題は「地球にやさしい」をモットーとしてきました。(個人的には生物多様性も環境保全も「人類にやさしい」からだと思いますが)
その環境対策の名の下に造った原発の放射能で大地が汚染されていく。此れ程の矛盾があるでしょうか。
どの道、作った人間の手に負えないような物は、紛れもなく「危険物」です。
それが多くの人命を脅かす物であるなら、尚更そんな物は必要ありません。
命あっての人生、命あっての社会、命あっての便利な生活ではないでしょうか。

勿論、「便利な生活の為に原発はやむを得ない」「産業の無い地域は原発以外にどんな仕事をすればいいのか」という意見もある事は存じています。
ですが、今「原発避難民」となってしまった福島の方々を見ても、同じ事が言えるのでしょうか。
家も仕事も故郷も失い、親類或いは友人知人と離別し、何処へ行っても「被曝者」だと差別される…
こんな人生を誰が望むのでしょうか。

日本に…否、この世に原発がある限り、私達はいつも事故と放射能汚染と被曝の危険に怯えながら暮らさなければなりません。
いざ事が起きてしまった時に「フクシマ50」のような決死隊という名の犠牲者をその度に出さなければなりません。
そして、数万年という人間の寿命からすれば「半永久的」ともいえる絶望的な半減期の間、放射性廃棄物を処理・管理し続けなければなりません。
私達は、その子や孫は、そんな人生で、そんな世界で、そんな歴史で、本当に良いでしょうか。

劣悪な現場で必死に原発を封じようとしている作業員のみならず、大人より放射線の影響を受けやすい子供の被曝許容量までを引き上げるという欺瞞。
本部・会議を乱立し、復興構想会議で原発問題を除外しようとする菅首相に、梅原猛特別顧問らから異論が噴出。
「政治主導」をどこか履き違えているような政権運営に疑念を呈する発言も相次ぐ波乱の幕開け。(毎日新聞2011/4/14)
一般庶民には、日々の暮らしがあります。生活の為に働く毎日は、決して楽ではありません。
他の事に神経を傾ける余裕は少ないかもしれません。
ですが、ここは踏ん張りどころではないでしょうか。
復興に奔走する被災者も、生活に生きる私達も、日本の将来を決める重要な分岐点に立っているような気がしてならないのです。
マスメディアもスポンサーに逆らえない事情があるかとは思いますが、是非とも国民の「知る権利」それも「真実を知る権利」の為にどうか権力機構と利権構造の闇を暴いてください。
それが「権力の監視者」たるジャーナリズム本来役目であり、ネット時代だからこそ問われている「報道のプロ」の仕事の見せ所だと思います。

リビアでも計画停電。(毎日新聞2011/4/14)ですが、あちらは内戦。
原油以上に深刻なのが、食料価格の高騰。
この時期のインフレは、一般庶民の生活を直撃します。
就職難や低賃金に苦しむ欧米や東アジア諸国も同様です。
正社員を減らして派遣やパートを採用しているので数字上は失業率が然程でもないと見せかけ、「食料品を除いて」デフレだなんて計算してみせていた日本も他人事ではないでしょう。