ネットが繋いだもの

ツイッターので呼びかけやブログでの情報提供、テレビのミラー放送配信、そして義援金・応援メッセージの受付等。
そして勿論、デマやら詐欺やら罵詈雑言も…。
今回は功罪併せてネットの存在感があった震災でもありました。そんなネット発の呼びかけから実現した出来事が、また一つ。

被災地の一つ気仙沼に救援物資を送ろうと、神奈川県三浦半島にある三崎漁港のマグロ業者・寺本さんが中心となってボランティアを呼びかけた
福岡に住む三十代の男性がツイッターとブログにその事を書き込むと、たった二日で50トンもの物資が集まったという。
しかし、被災地は道路の一部が寸断され、鉄道も止まっていた。
20トンは被災地に送れたものの、残る30トンは輸送手段が見つからずにいた
そこで三浦市の水産運輸会社がトラック三台で16時間かけて福岡まで出向き、30トンの救援物資を積み込んで三崎漁港まで戻ってきた
同社の立川社長は「断る理由は何もない。今すぐに動かないといけないと思った」と話す。
鹿児島や横須賀からの救援物資も併せて漁船に積み込まれ、気仙沼へと出港。無事、現地へと届けられた。

地震発生当時、遠洋で操業中だった気仙沼のマグロ船は、ラジオや無線で母港の魚市場が壊滅した事を知った。
結果、多くの漁船は三崎漁港や千葉県銚子港で陸揚げしなければならなかった。
そこで組合(日本かつお・まぐろ漁業協同組合)は考えた。
空荷で気仙沼に向かう漁船に、援助物資を運んでもらえないかと。
こうして届けられた物資を荷下ろしし、自衛隊に託すのは震災後に結成された「三浦三崎・海からの支援隊」のメンバー。
その顔ぶれはマグロ船主、タクシー会社経営者、寿司職人、薬局店長、自動車販売業者など多種多様な人々。
「積荷は全国の漁師たちからの贈り物だから。いち早く被災した人に届けてほしい」救援物資と共に気仙沼に戻ってきた八幡水産社長の村上さんは、そう言って自衛隊に頭を下げた。

他にも、全国の漁港で漁師たちが世界三大漁場である三陸の支援に立ち上がったそうです。
…これは、まさに現代版『海援隊』ではないでしょうか。海の男の熱き魂にしびれました!

気に入っていつも食べていたワカメが釜石市唐丹産だったと気付いた震災直後の12日。
翌日以来、いつも満杯だったスーパーのワカメの棚は空になっていました。
釜石の被害がニュースに出る度に、「あぁ、ここで獲れたワカメを食べてたんだなぁ…」と複雑な気分になります。
また三陸産の味が戻って来る日を信じて待っています。