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東日本大震災のちょっと良い話 日本編

東日本大震災。
与えた衝撃も、出た犠牲も、被った被害も、あまりにも大きすぎた大災害。
そんな最中に生まれた、本当にあったちょっと良い話。
そのほんの一部をまとめました。(新聞等からの引用)

■日本編

宮城県気仙沼市古谷館にある八幡神社は、被災者約60人に神社に献上された米や野菜を出して、10日間を過ごした
普段は立ち入り禁止の拝殿も寝泊まりに開放
神主さんは「神様には申し訳ないが、許していただけると思う」
八幡神社は周囲より20メートルほど高いところにあり、津波は神社に続く階段の半分まで達し、周囲の街は壊滅した。
神社には水も電気も通っていなかったが、青年会のメンバーらが灯油を自宅から持ち寄るなど協力し合ったという。
米や野菜は昨年の秋祭りや正月に献上された物だった。
10日間の共同生活を「誰もがつらい思いをしている時、助け合えて夢のようだった」と振り返る神主さん。
お供えした供物が、こんな形で戻って来るなんて、不思議な巡り合わせです。神様のご加護というやつでしょうか。

1896年の明治三陸地震、1933年の昭和三陸地震、1960年のチリ津波と何度も大きな津波をくぐり抜けてきた松島の瑞巌寺
今回は参道にまで泥が迫り、回廊の壁にひび割れが見つかったものの、本堂と庫裏は無事だった。
寺は避難してきた地元の人や観光客を受け入れ、僧侶たちが暖かい食事を振舞ったとの事。
かの伊達政宗の菩提寺だけあって、独眼竜の霊威が守ってくれたのかもしれませんね。
他にも、高台にある事の多い神社仏閣は、東北中で多くの人の命綱や文字通り「駆け込み寺」になったようです。

約300人が避難生活を送る岩手県山田町の大沢小学校では、10人ほどの子供達が「かたもみ隊」を結成
お年寄りを始めとした避難住民のマッサージをした
被災して緊張続きだった中、一時ふっと身も心もほぐれた事でしょう。
他にも、各地の避難所では上級生が下級生の勉強を教えたり、若い人が子供達の遊び相手になってあげたり、若者同士の助け合いも見られたようです。

ある電車の中でのお婆さんの会話。
「警察が電気足りないから電気消せって」
「私たちは御国のために電気消して過ごすのは慣れてるのよ。
今回は頭の上に爆弾降って来るわけじゃないんだもの
、喜んで消すわよね」
周囲の人々は一瞬しんとなったそうです。戦時中の灯火管制に比べたら、ですよね。

ツイッターで見て、思わず心動かされたつぶやき。
「ホームで待ちくたびれていたら、ホームレスの人達が寒いから敷けって段ボールをくれた。
いつも私達は横目で流してるのに。あたたかいです」

セレブがポンと何千万寄付するのも、ホームレスにとって家や車と同義語のダンボールを差し出すのも、同じ価値がある。
まさに「今の自分が出来る事」をしていると思います。
本当に心が豊かな人は、案外着飾った名士ではなく、世捨て人のような彼らの中にもいるのかもしれませんね。
11日の帰宅難民に手を差し伸べた人も、本当にたくさんいたそうです。
トイレを貸す人、お茶を配る人、毛布やマスクを譲り合う人…。
無縁社会なんて誰が言ったんでしょう。
まだまだ、日本人はあったかいです。ちょっと、シャイではあるけれど。

書ききれないので割合してしまいましたが、震災に対して国内外の芸能人や有名スポーツ選手のアクションが早かったのも印象的でしたね。

>>メッセージお返事
3月23日にメッセージをくれたなおさん
よかった…。本性剥き出しに大暴れしたせいで、ドン引きされちゃったのかと心配してました。(笑)
そう言ってもらえて本当に嬉しいです!(T▽T)
ド素人の浅知恵ではありますけど、未熟者なりに真剣に考えた意見である事だけは自信を持って言えます。
あと、停電の影響で拍手のサーバが一部機能を休止してサーバを移転中との事です。
拍手に不具合があったかもしれせん。ご不便をおかけします。m(_)m

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