件の『特定秘密保護法案』は、内容のひどさもさる事ながら、見せかけの公聴会、政権与党による強行採決という成立手段のひどさにも目を疑うものがあります。
こんな法案が、まともである筈がない。
案の定、全文にざっと目を通しただけでも、これほどひどい「作文」があっただろうかと驚きました。
公開された『特定秘密保護法 4党修正案(全文)』(朝日新聞2013/11/27)は、聞き捨てならない文言だらけです。
まずは、「特定秘密」の定義について。
第二章 特定秘密の指定等 第三条
公になっていないもののうち、その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、
特に秘匿することが必要であるもの
この「公になっていないもの」とは、どこまでを「公」としているのか不明確です。
例えば…
・大手新聞や大手テレビ局が報道しない事実が、ネットでは報道されている場合
・日本国内では報道管制が敷かれている事柄が、海外メディアでは堂々と報じられている場合
現在よくあるこれらのパターンに、第二章第三条はどう当て嵌められるのでしょうか?
どこかの国のどこかの報道機関(或いは個人のジャーナリスト等)が公開していれば、「公」の情報であり、「特定秘密」には当たらないのでしょうか?
それとも、まさか日本国内のマスメディアに報道させなければ「公になっていない」とでも定義するつもりなのでしょうか?(1986年にモルデハイ・バヌヌ氏が英紙に暴露したイスラエル核開発の実態のように)
ネットで個人が入手可能な公開情報さえ碌に精査出来ない(※)日本外務省なら、後者の解釈を採りそうで危険です。
(※9月5日に外務省は安倍首相に「米国から追加の極秘情報です。アサド政権が化学兵器を使ったとほぼ証明できます」と連絡するも、イラク戦争の開戦理由だった『大量破壊兵器』がガセネタだった前科から日本政府はすぐには同調せず、支持するよう食ってかかるライス補佐官に「He needs evidence(証拠が必要)」と答えた。その五時間後、CIAから外務省に「アサド政権の高官が軍に化学兵器使用命令を出した電話」の盗聴記録が『極秘情報』として入った。安倍首相の承認で日本政府はNSCに米国支持を伝えた。[朝日新聞2013/12/3]が、地中海のドイツ情報収集艦は「シリア軍の部隊責任者らが化学兵器の使用許可を求めていたが、大統領府側は認めなかった」通信記録を傍受していた。[ロイター2013/9/9]米国の恣意的な情報提供に、またしても日本は乗せられた。)
次に、「特定秘密」に指定された情報を非公開にしておける期間について。
第四条 3項
指定の有効期間は、通じて三十年を超えることができない。
と、しながらも
第四条 4項
…(略)…政府の有するその諸活動を国民に説明する責務を全うする観点に立っても、
…(略)…情報を公にしないことが現に我が国及び国民の安全を確保するためにやむを得ないものについて
…(略)…三十年を超えて延長することができる。
などと、ちゃっかり例外規定を設けています。
「60年」と云えば、「敗戦(1945年)から愛知万博(2005年)までの期間」に相当します。
そんなに古い軍事・外交・技術情報など、国を脅かす目的に使おうにも使い道が殆どありません。
60年も隠しておかなければ国が潰れるような事柄など、世界史を見てもほぼ皆無に等しいと思うのですが…。
そもそも、物流も情報も高速化した現代では「30年」でも長過ぎます。
国家安全に関わる機密情報を扱う「アメリカ合衆国情報安全保障監督局(ISOO)」でも、「行政命令第12958号」により「25年後公開」が原則です。
手本にした筈のアメリカよりも非公開期間が長くなっているのでは、複雑化・高速化した情報化時代に全く対応出来ていない改悪とは云えないでしょうか。
情報量が増える一方である、という事は、情報の鮮度が年々短命化している、という事です。
一度得た情報を後生大事に隠しておけば優位に立てる時代は、もう終わったのです。
第五章 適正評価 第十二条
…(略)…その者が特定秘密の取り扱いの業務を行った場合これを漏らすおそれがない
これはまだわかります。
敵対的外国勢力に日本の情報を売り渡す危険な政治団体や暴力団まがいの非合法組織は、確かに存在します。
それらと明らかに繋がっているようにしか思えない人物を、国政や国家事業に関わらせる訳にはいきません。
本人の職歴、精神疾患等の病歴、家系や同居人の素性、前科の有無、過去の国籍や所属団体などから、ある程度はふるいにかけられる事もあるでしょう。
だとすれば、国防にも関わる原発の作業員を暴力団絡みの組織に雇わせたり、内閣府の諮問会議に外国人(日本に帰化した人は除く)を出席させたりする自民党のやり方は、この「適正評価」に反しているような気がするのですが…。
さて、次に
第十二条 2項 一 特定有害活動
の中で「テロリズム」の定義が説明されています。
テロリズム(政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、また重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。…(略)…
「他人に主義主張を強要」する為に「恐怖を与え」て、「人を殺傷」し「物を破壊する」活動…
スリランカのLTTEや北アイルランドのリアルIRA、アルカイダやタリバーン等のテロ組織、2010年ストックホルム自爆テロ、2011年ノルウェーの連続爆破襲撃テロのような個人テロリストは勿論ですが…
それ以前に、これらは全体主義国家の秘密警察がよく行っている事ではないでしょうか。
「テロリズム(Terrorism)」とは、フランス語の「テラール(terreur)=恐怖、脅威」を語源とします。
フランス革命末期(1793~94年)のロベスピエールらジャコバン派による恐怖政治を指した「le régime de la terreur(ル・レジーム・ドゥ・ラ・テラール)」という表現が由来です。
「権力者が反対意見を持つ者を抹殺し、その恐慌で他の者に追従を強いる」
そういった状況を「terreur」と呼びました。
つまり、本来「テロリズム」とは「権力に歯向かう個人の暴力」ではなく、「権力者による恐怖政治」を意味する言葉なのです。
さて、この法案一番の問題点。『罰則』についての項目です。
第七章 罰則 第二十四条
外国の利益若しくは自己の不正の利益を図り、…(略)…
日本人でありながらアメリカや中国のお先棒を担ぐ官僚や政治家は、かなりこれに当たるのでは…?
第二十四条 2項
前項の罪の未遂は、罰する。
第二十五条 1項
…(略)…規定する行為の遂行を共謀し、教唆し、又は煽動した者は、五年以下の懲役に処する。
この二十四条から後述する二十六条など、完全に『共謀罪』です。
第一次安倍内閣下の2005年10月に否決された筈の法案が、どさくさに紛れてもぐり込んでいました。
実際に情報を取得を実行していなくても、実際に秘密を掴んでいなくても、「特定秘密を知りたい」「こうすればわかるかも」と誰かと話し合っただけで、処罰の対象になるというのです。
これでは、居酒屋の酔っ払いのくだ巻きや、若者の過激な冗談でさえも、逮捕投獄されかねません。
しかも、「共謀」は会話や文書を介さない「暗黙の了解」でも成立するという不確かさ。
では、現行犯逮捕でもない限り、まだ実行してもいない「未遂」の企みをどうやって知り得るのでしょう?
第二十六条
…(略)…規定する行為の遂行を共謀した者が自首したときは、その刑を軽減し、又は免除する。
これは密告を横行させかねない悪法です。
悪名高い東ドイツの「シュタージ」やルーマニア社会主義共和国の「セクリタテア」等の秘密警察が主な情報源としていたのが、盗聴と密告でした。
政権に不都合な主張をする組織にもぐり込み、或いは不都合な事実を指摘する人物に近づいて唆す蘇我赤兄(※)のような密告者・真の煽動者が、政権の意を受けてそこかしこに跋扈する社会が到来しかねません。
使い方によっては、全く無実の人間を陥れる為に「○○と共謀しました」とその人物の名前を通報して、自分は刑を免除してもらい逃げおおせる…といった悪事にも利用されかねない危険な規定です。
(※658年に有間皇子を謀反に誘い、その事を中大兄皇子(天智天皇)に密告。有間皇子を死罪に至らしめた。天智天皇に仕えて671年には左大臣にまでなるが、672年の壬申の乱では大友皇子側の重臣として敗れて捕らえられ、子孫と共に流刑。蘇我氏は没落した。)
第二十七条
…(略)…日本国外において同条の罪を犯した者にも適用する。
現在、アメリカ(特に国防総省)にとって邪魔で邪魔で仕方がないスノーデン氏やアサンジュ氏をなかなか逮捕出来ずに業を煮やしている事例を考慮に入れてきた格好です。
海外メディアへの暴露や亡命先までも追跡するモサド(イスラエル諜報特務庁)のような執拗さが露われています。
「理由」の項
国際情勢の複雑化に伴い…(略)…
漏えいの危険性が懸念される我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿ことが必要であるもの
国際情勢が複雑なのは、今に始まった事ではありません。
寧ろ、国際情勢が単純だったのは中世あたりまででしょう。
対ソ連で同盟を結んだ筈のナチス・ドイツに『独ソ不可侵条約』を勝手に締結された日本の平沼内閣は、「欧州の天地は複雑怪奇」との泣き言を残して日中戦争の後始末ごと政権を放り出しました。
アメリカ斜陽の時代に、いつまでもアメリカ追従さえしていれば、その陰で何をしようと「世は事もなし」で済むと思ったら大間違い。
米中対立は、アメリカと中国が本気でいがみ合っている訳ではありません。
冷戦時代の米ソ対立以上に、二国間+αで示し合わせた(ある程度の)予定調和上の出来レースに過ぎません。
「いざとなれば、無条件でアメリカが日本の味方をしてくれる筈」などとは、日本側のただの願望です。
ネオコンと似非右翼に乗せられて必要以上の反中国に傾き過ぎれば、アメリカに梯子を外された日本は孤立(※)させられ、「東亜の天地は複雑怪奇」と嘆いた所で手遅れになってしまいます。
(※中国が設定した防空識別圏を真っ先に飛行したのは米軍の爆撃機。にも関わらず、民間機の飛行計画をアメリカはあっさり中国に提出。日本は米軍機に続いて自衛隊機を飛行させた上、JALとANAに対し飛行計画を中国に提出しないよう求めた為、強硬姿勢が悪目立ちした。結果、矢面に立たされて敵視されるのは、煽ったアメリカではなく日本だけ。いくらフィリピンやインドネシアが日本の再軍備を歓迎していても、アジアの大半の国は国力の差から中国の動きを気にせざるを得ない。)
そもそも「安全保障」とは、
第一章 総則(目的) 第一条
我が国の安全保障(国の存立に関わる外部からの侵略等に対して国家及び国民の安全を保障することをいう。以下、同じ。)に関する情報のうち特に秘匿ことが必要であるものについて、
これを適確に保護…(略)…収集し、整理し、及び活用することが重要
に定義されているように、「国の存立に関わる外部からの侵略等に対して国家及び国民の安全を保障すること」です。
戦闘機はライセンス生産、イージス艦のCICシステムもブラックボックス、自衛隊基地が米軍基地に間借りしているような逆転現象(横須賀や三沢など)なども、見方を変えれば「60年前から続く外部からの侵略」に当たるような気もしないではないような…。
いずれにしても、独立国が一国独自の最終判断で保有武力の使い方も決められない状況こそ、大いなる矛盾に思えて仕方ありません。
まずは日米地位協定を改定し、日米同盟を不平等な現状から対等な同盟にすべきです。
話は全てそれからではないでしょうか。
以上、公開された『特定秘密保護法案』全文を通し読みした感想でした。
ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英氏は、軍事に役立つからといって研究を機密にしてしまうのは「社会に広く知ってもらい、さらに発展させるという『科学の精神』に逆行する」、「東海村で起きた臨界事故(1999年)も、ただ単に『安全だ、安全だ』と言い過ぎた事ことがとんでもない結果を招きました」とインタビューに答えています。(朝日新聞2013/11/28)
敗戦直後の昭和20年9月9日。
昭和天皇から疎開先の皇太子(当時11歳だった今上天皇)へ送られた手紙にはこうあります。
「…(略)…敗因について一言いわしてくれ
我が国人が あまりに皇国を信じ過ぎて 英米をあなどったことである
我が軍人は 精神に重きをおきすぎて 科学を忘れたことである
…(略)…大局を考えず 進むを知って 退くことを知らなかったからです」
これは、現在なら「皇国を信じ過ぎて、米中をあなどったことである」「愛国心に重きをおきすぎて、科学を忘れたことである」とも置き換えられそうです。
昭和21年3月から4月頃の談話を記録した『昭和天皇独白録』中の「敗戦の原因」でも
「第一、兵法の研究が不十分であった事、
即孫子の、敵を知り、己を知らねば、百戦危からずといふ根本原理を体得してゐなかったこと。
…(略)…
第四、常識ある主(首)脳者の存在しなかった事。」
とあります。
国際情勢という荒波を本気で勝ち残っていこうとするなら、よくよく「敵を知り、己を知らねば」なりません。
それは、見たくない実態や聞きたくない事実さえも、逃げずに直視するという事でもあります。
秋山真之は、日露戦争の黄海海戦で勝利した事に浮かれず、作戦である丁字戦法が失敗した事を反省。
「指揮官から水兵まで全員が作戦を理解し、不測の事態にも瞬時に判断して対応できなければ勝利はない」と艦隊行動と砲撃の猛訓練を繰り返し、日本海海戦では第二艦隊を率いる上村彦之丞の独自判断に救われます。
日本史研究家の磯田道史氏は、「蛮社の獄」の首謀者である鳥居耀蔵を例に、「自分の狭い了見や利益ために歴史の歯車を逆回転させてしまう人」こそ「本当の悪人」だと論じています。(朝日新聞2013/11/13)
『治安維持法』を施行しながら、日本はアメリカに暗号を解読されて敗戦しました。
監視社会と秘密主義を強いたソ連の東側陣営は崩壊しました。
アメリカの西側陣営にも監視と秘密主義は存在しましたが、東側よりは緩やかで秘匿事項も限定的でした。
情報公開と情報隠匿。
どちらを基本方針とするかで、国の繁栄もそれを支える人々の成長も雲泥の差が現れる事は歴史が証明しています。
民意を無視し、議会を無視し、一時の支持率を盾に数の暴力で強行採決に走る自民党は、一体誰を代表しているのでしょう。
議会あっての議員であり、議員あっての議会なのです。
どちらかがどちらかを蔑ろにするのは、自らの存在意義を否定するに等しい自傷行為に他なりません。
議会とは、異なる意見・利害を出し合ってそれらを調整する公の場であり、議員はそれぞれの意見や利害の代表者です。
異なる意見を煩がり、あまつさえ暴力で封じようとするなど、まともな政権がやる事ではありません。
「反対意見を持つ者を抹殺し、その恐慌で他の者に追従を強いる」権力者こそが「真のテロリスト」なのですから。
結論。
『特定秘密保護法案』は、否決された筈の『共謀罪』をもぐり込ませた『治安維持法』の再来になりかねない。
軍事と外交の最新情報以外に国家の手で秘匿されるべき事柄などない。(軍事・外交も古い情報は公開が基本)
その他の情報は、「秘匿する事」と「安全保障」が結びつくものではない。(核開発等、技術は一部例外あり)
それでもなお隠したがる事柄があるとすれば、権力(政・官・財)のスキャンダル以外にあり得ない。