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政治と金と原発と

電源開発促進税という税金があります。
政府資料によると、東京電力管内の標準家庭の場合、毎月の電気代約6222円のうち約108円徴収されています。
本来なら自然エネルギーの普及にも使われる筈のこの資金。
立命館大学の大島堅一教授の調べでは、約7割が原発に使われているというのです。
さらに使用済み核燃料の再処理費用に月200円強も課税され、運転費用などを除いても原発推進に月300円前後を払っている計算になるそうです。
大島教授は「電気利用者が気付かないまま、原発の為に巨額の資金が集められている」(朝日新聞2011/5/1)

どこが「原発は安いエネルギー」なのでしょう?
東電は賠償資金とその為に組織を存続させる運転資金として、電気料金の値上げを示唆しました。
ですが、原発をやめるから値上げされるという前に、原発を動かす為の分を上積みされていたのです。
自然エネルギーの開発・普及にかかる費用と、どれ程の差があるというのでしょう。
同じお金を取られるなら、危険で捨て場の無い放射性廃棄物を出さない自然エネルギーの為に使って戴きたいです。

この電源開発促進税は、原発立地資金の「入り口」であり、「出口」で交付金に形を変えます。
原発を地元に引き受けた地域が受けられるとされる最大の「恩恵」です。
ですが、この「多額の交付金と引き換えに原発を建設する」仕組みが問い直されようとしています。
経済産業省はエネルギー政策の見直し議論を始めるに当り、「原発とカネ」の問題を焦点の一つに据えました。

原発は資金面もさる事ながら、組織面でも手厚さがエネルギー産業の中で群を抜いています。
例えば、日本原子力研究開発機構は、年額2千億円近い国費で4千人の専門家を擁しています。(産経新聞2011/4/19)
他にも、保安院(経産省)、原子力委員会(内閣府)、原子力安全委員会(内閣府)、原子力安全基盤機構(独立行政法人)etcなど原子力政策には数多くの財団や独立行政法人が存在します。
これだけの組織を運営・維持していくのに、どれだけの資金を使っているのでしょう。
恐らく、莫大な金額だと思います。

原発廃止については、環境問題ことに「CO2削減」で反論する意見も多くあります。
ですが、原発は炉心冷却に使う大量の温排水で立地周辺の海水の温度を上昇させ、海水に溶け込んでいる二酸化炭素を却って大気中に気化させてしまうという説もあるのです。
環境NGO『気候ネットワーク』(浅岡美恵 代表)が公表した試算では、福島第一原発と同第二原発を停止した上に稼動から40年を経過した老朽原発を順次止めていき、2020年時点で現在の54基から22基まで減らしても、自然エネルギーと天然ガスによる火力発電で「1990年比25%」(試算では余裕を持たせ28%)は達成出来るという結果が出ました。(朝日新聞2011/4/20)

本当に、「原発は安いエネルギー」なのでしょうか?
高くて危険で負の遺産を残すエネルギーにこれ以上依存する道理は、果たしてあるのでしょうか。
それよりは、二十世紀型の大量生産大量消費の社会から脱却し、エネルギー効率の良い新たなライフスタイルを編み出していく方が余程建設的ではないでしょうか。

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隠し事が必要な付き合いに信用はあるのか?

ウィキリークス、教エテクレタ!(゚∀゚)

【沖縄海兵隊グアム移転、総額水増し=表面上の日本側負担軽減―米公電】

在沖縄米海兵隊のグアム移転をめぐり、日本側の費用負担を軽く見せるため、総額が約10億ドル(約800億円)水増しされていたことが明らかになった。
移転人数も実態より多く示していた。内部告発サイト「ウィキリークス」が4日に公表した米外交公電で判明した。
在京米大使館作成の2008年12月19日付の公電によると、グアム移転費に関する06年4月の交渉の際、米側が「絶対不可欠ではない」と考えていた10億ドルの専用道路整備費が米国負担分として上乗せされた。
これで総額は102億7000万ドルとなり、60億9000万ドルの日本側負担は見掛け上、全体の60%未満にとどまった。
こうした事情は当初から日本側も了解していた。(時事通信-ワシントン2011/5/5)


やっぱり…orz

テヘランの銀翼

1890年9月16日。
オスマン帝国(現・トルコ)の軍艦エルトゥールル号で親善訪日使節団が来日し、皇帝(スルタン)の親書を明治天皇に奉呈。
その帰り路、台風で荒れ狂う紀伊沖の海に587人もの乗組員と共に沈んだ。
当時の大島村(現・串本町)では流れ着いた乗組員69人を村人総出で救助。
灯台を始め寺や学校では生存者の怪我を手当てし、低体温症を人肌で温め、時化で漁が出来ず食糧不足の中で非常食用の鶏も出すなど献身的に介抱した。

あれから121年を経た2011年3月28日。
和歌山県串本町の樫野崎灯台の傍に建つエルトゥールル号遭難慰霊碑に、四人のトルコ人が献花に訪れた。
一組は、1890年に樫野沖で遭難した所を紀伊大島の島民に救助されたエルトゥールル号乗組員の孫ネビン・セレスさん(59)と曾孫エムレ・セレスさん(32)。
もう一組は、オルハン・スヨルジュさん(85)と妻のヘルガ・スヨルジュさん(73)。
オルハンさんは、1985年のイラン・イラク戦争でテヘラン空港に取り残されていた日本人を救出したトルコ航空の元機長だった。

イラン・イラク戦争時、イラク側はイラン上空の航空機に対する無差別攻撃を宣言。
日本航空のチャーター機が組合の反対で飛べなくなった中、伊藤忠のイスタンブル支店関係者や在テヘラン日本大使館からの救援要請をトルコ政府は了承。
他国のチャーター機が次々と自国民を乗せて飛び立った後、テヘラン空港に取り残されていた日本人215人を2機のトルコ航空機に乗せて脱出させた。
その第1機長を務めたのが、オルハンさんだった。
オルハンさんは「最新の情報を入れながら、どのルートを飛ぶべきか、安全面を考慮した」と当時を振り返った。
限られた時間の中で助けることが出来、トルコの国境を越えた時に『Welcome』と伝えると、機内で拍手が起きたという。
「エルトゥールル号遭難の際はトルコ人約600人が亡くなったが、航空機で日本人全員を助けられことを幸運だと思うし、恩返しができた」と話した。

到着した一行を地元住民約30人がトルコと日本の旗を持って出迎え、献花式典では両国の国歌が流され、串本町トルコ文化協会会員が追悼歌を歌った。
田嶋勝正串本町長は
「日本人を助けてくれたオルハンさんが、慰霊碑にお参りをしたいと日本に来てくれてありがたい。エ号乗組員の子孫にも会えて感激している。
両国の素晴らしい友情を後世に受け継いでいかなければとあらためて思う」と挨拶。
前の年の6月4日には、トルコ航空で脱出した日産自動車社員・沼田準一さん(68)、服部栄介さん(57)、高星輝次さん(52)の3人が、同町長に
「日本とトルコの友好の発展に使っていただければ」と「ふるさと納税」として寄付金を手渡した。
そして、120年前のエルトゥールル号の遭難で、当時の地元民らが献身的な救助活動をした事が礎となって、自分たちが無事帰国出来た感謝を伝えていた。(紀伊民報2011/3/28及び2010/6/7)

実は、この話しにはまだ続きがありました。

30億円の損失というけれど喪失した人命は30億円でも買い戻せない

中部電力が浜岡原発3号機を7月に再起動すると正式に表明しました。(朝日新聞2011/4/29)
同様の動きは北海道電力や関西電力でも見られ、関電の大飯原発1号機は浜岡より先に運転を再開する可能性があるそうです。
こういった事は、考えうる限りの安全対策を全て終わらせてから言って戴きたいです。
震災を受けた緊急安全対策は、福島第一原発の例から電源喪失などを想定しているとはいえ、あくまでも最低限の応急処置。
東北電力の東通原発のように、福島や女川を襲った規模の津波を防ぐべく防潮堤を建設し、電源喪失に備えて20mの高台に非常用発電機一台を設置するくらいの対策プランは示して戴けなければ、とても地元及び周辺住民の安全を考慮しているとは言えないと思います。
ちなみに、この「安全対策」は三年程で完成する予定だそうです。
それくらいの時間をかけて、住民に見せ掛けの「安心感」でなく、実質的な「安全性」を示していく事は電力会社の責務だと思います。

中部電力の水野明久社長は、28日「株主、投資家に業績予想という物差しを示す責務がある」と表明しました。
ですが、株主はリスクを承知で株を買っているのですから、たとえ損をさせられたとしてもそれは企業・株主双方の責任です。
利益を得る為にはリスクも取る。これは資本主義、自由経済の原則のはずです。
粉飾決算を始めとする企業の不祥事で株主が被った損害に、民間か半官半民かなどという違いはありません。
民間企業ならば当然保障などされない所を、半官半民企業であれば保障するというのは、不公平を通り越してご都合主義ではないのでしょうか。
長年、浜岡原発運転停止訴訟の原告団代表を務めてきた白鳥良香さん(78)は
「安全が確認出来るまで原発を止める。みんなの命を考えたら当然の事。この瞬間にも東海地震が起きるかもしれない。
電力会社や国は理解すべきだ」と話したそうです。
まさか、住民の生活や命より、株主や投資家の利益の方が大事などと電力会社上層部が思っている訳ではないとは思いたいですが…。

保安院は「結論はまだ」としており、御前崎市の原子力政策室も「全て机上の話」「住民が安全性について納得するまで運転を認めない方針に変わりはなく、現状での再開はあり得ない」としています。
周辺の自治体でも現状ままでの運転再開に懐疑的で、御前崎市に隣接する西原茂樹牧ノ原市市長は「市民に安全だと説明できない」と再開を容認していません。
愛知県中央メーデーでも、浜岡原発即時停止が訴えられています。(毎日新聞2011/5/2)
第一、敦賀原発でも放射能濃度上昇が測定されるような事故が起きる中で、東海地震の直撃を受ける浜岡原発を再稼動させるなど最早非常識ではないでしょうか。

東北電力に対して、同社の定款に「原発を廃止する。代替可能で多様な電源システムの構築に向けてまい進する」との文言を盛り込むよう求める請求書を出した232人の株主のように(時事通信2011/5/3)、是非とも中部電力の株主の皆さんにも声を上げて戴きたいです。
女川原発が震災当時無事停止出来たのは運が良かっただけであり、青森県六ケ所村にある使用済み核燃料再処理工場への投資中止も、地元住民との訴訟が18年も続いてる事から考えて至極真っ当な要求だと思います。

目先の利益の為に、将来の安全と平穏を売り渡してしまって本当に良いのでしょうか?
刹那主義や享楽主義も一つの生き方ではあると思いますが、大勢の人々の人生を巻き添えにして良いとはとても思えません。

伝えるということ

震災で被害を受けた宮城県石巻市の夕刊紙「石巻日日(ヒビ)新聞」の号外が、アメリカのワシントンにあるニュースの総合博物館「ニュージアム」に展示される事になりました。(朝日新聞2011/4/16)
困難を乗り越えて発行そされた歴史的な紙面として、ニュージアム側が紙面の寄贈を石巻日日新聞側に求めて同紙が応じました。
石巻日日新聞は震災直後、臨時で手書きの号外を壁新聞として張り出す形で六日間にわたって発行。
通常の編集も製作も印刷も出来なくなった中、記者は懐中電灯の明かりを頼りに油性ペンで記事を書き、避難所の壁に張り出していたそうです。
ニュージアムはウェブサイトで
「この新聞は、人間の知ることへのニーズと、それに応えるジャーナリストの責務の力強い証しである」と紹介。
クリストファーソン学芸員は
「大変な苦難に直線するなか、日日新聞のジャーナリストは地域社会に重要な情報を提供するという責任を果たし、そのためにペンと紙を用いた」と称賛。

電気が切れても、輪転機が止まっても、パソコンが無くても、新聞は作れる。ニュースは必要とされる。
まさに、ジャーナリズムの原点を示して見せたような出来事だと思いました。
計画停電で「暗くてよく見えない…」なんて一瞬でも思った自分に本当反省。(^^;
人類は言語を得て文字を作り、グーテンベルクが活版印刷を発明し、電信は電話に無線機はラジオやテレビに発展し、今やインターネットの時代です。
人間は言語で考え、言語で話し、言語で記録を残してきました。
「伝える」という事を続けてきた先には、「伝えたい」という思いと「知りたい」という思いが、ただの「情報」を情報以上の価値に出来る「可能性」が示されたのではないでしょうか。

そして、こちらは現代っ子たちの「ジャーナリズム」。
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